甲府地方裁判所 昭和42年(わ)207号 判決 1967年12月19日
主文
一、被告人を懲役一〇月に処する。
二、未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
三、押収してある日本刀一振、竹製ステッキ一本(昭和四二年押第六四号の一、二)は没収する。
四、訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和三九年秋ころから、甲府市○○○○○目○○番○号の自宅において内妻久留米多賀子(当二〇才)と同棲しているものであるが、昭和四一年六月初旬ころから肉体関係を持つようになった大須賀花子(当一九才)が、被告人は右多賀子と別れたと称しているが、そうとも思えない節のあったことから別れ話を持ち出したところ、これに憤慨し、
(一) 同年七月二日ころの午后八時ころ、同所において右花子に対して、所携の刃渡り約四四・六センチメートルの日本刀(昭和四二年押第六四号の一)を突きつけ更に両手拳で頭部、顔面等を一〇回位殴打し、同女がこれらの所為によって極度に畏怖し、被告人に対し抵抗することのできない状態になっているのに乗じ、その意に反して同女の大腿部内側に長さ三センチメートル位の絹針三本を束にしたものを突き刺しながら、墨汁を注入し、巾約一センチメートル、長さ約二センチメートルの大きさに「新治」と入墨し、もって同所の真皮組織に墨汁粒子(異物)の残留をともなう傷害を加え、
(二) 同月一七日午后八時ころ、同所において、同女に対して所携の竹製ステッキ(昭和四二年押第六四号の二)をもって、その顔面、背部等を七、八回殴打し、更に手拳をもって頭部、顔面等を一〇回位殴打し、右暴行によって朦朧状態に陥り、なかば意識を失った同女を素裸にし、長刃剃刀で陰毛を剃り落した上、前記同様の方法で同女の意に反してその陰阜に、直径約一・五センチメートルの大きさに「新」と入墨をし、もって同所の真皮組織に墨汁粒子(異物)の残留をともなう傷害を加え、
第二、法定の除外理由がないのに、同年九月六日午前七時三〇分頃、同所において刃渡り約四四・六センチメートルの日本刀一振(昭和四二年押第六四号の一)を所持し、
たものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(累犯前科)
被告人は、昭和三七年六月一五日、当裁判所において、恐喝、詐欺、傷害、窃盗、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により、懲役一年に処せられ、昭和三八年六月一九日右刑の執行を受け終ったものであって、右事実は被告人の前科調書、検察官に対する九月一二日付供述調書によってこれを認める。
(法令の適用)
被告人の判示第一の(一)、(二)の各所為は、いずれも刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の所為は、銃砲刀剣類所持等取締法第三一条の三第一号、第三条第一項にそれぞれ該当するところ、各罪について所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前記の前科があるから、刑法第五六条第一項、第五七条により再犯の加重をし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条によりもっとも重い判示第一の(二)の罪の刑に、同法第一四条の制限内で、法定加重をし、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、押収してある日本刀一振(昭和四二年押第六四号の一)は、判示第一の(一)の犯行に同竹製ステッキ一本(同上の二)は、判示第一の(二)の犯行にそれぞれ供したもので、いずれも犯人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号、第二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、全部被告人に負担させることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人は、本件入墨行為は、範囲は小さく生理的機能を阻碍するとしても、非常に軽微なものであるからむしろ暴行行為と認めた方が妥当である。
という趣旨の主張をしている。
けれども、≪証拠省略≫を総合すると、本件入墨行為は、行為時、被害者の皮膚組織を毀損し、相当な出血と苦痛を伴なったばかりか、その真皮組織に、生涯異物(墨汁粒子)を残留せしめる結果となる行為で医学的に外傷と称されるばかりでなく、入墨に対する社会的評価をふくめて刑法的にも傷害行為と認むべきもので、これを例えば数日後には消去する殴打行為にともなう皮下出血などとは同視しえない。
二、次に、弁護人は、本件入墨は被害者である大須賀花子の同意(承諾)をえてなされたものであるから、違法性は阻却されると主張している。
けれども、上記認定のとおり本件入墨行為は、右大須賀花子の「意に反して」、その抵抗不能、あるいは朦朧状態にあるに乗じてなされたものであるから、弁護人のこの点についての主張は、要するに公訴事実の否認にすぎず、その前提とする事実において、当裁判所の認定事実に反するものであるからこれを採用するに由ない。
なお、本件入墨行為が、被害者大須賀花子の「意に反して」なされたものである、という事実は証人大須賀花子の尋問調書の供述記載により、悠にこれを認めうるものであるが、被告人の供述調書中にも、「………二度に亘って体に墨入れをしたが、その原因というかわたくしがおこったいきさつ」は、「わたくしも人の気持がわからんかと思ってカーときてしまい遂手まであげる仕末になってしまった」、「新」という墨入をしたのは、「そのとき女が強情なところがあったので、少しこらしめてやるために墨入れをしてやろうと思ってやったものであります……わたくし自身の考えで人目につかないところがよいだろうと思って……墨入れした」、「最後の墨入をしてからの七月十八、九日頃、大須賀の気持が落ちついたとき……おまんがあんまり強情をするからこんなことになるのだ、という風なことをいってきかせた」等々の供述記載がある。
これらを証人久留米多賀子の尋問調書中の、「十七日に小林が花子に、お前は何回言ってもわからんとげんこつで頭や胸などをなぐったと、杖で首のあたりと、右手腕のあたりなぐった、
これはどうだ
なぐりました
どうしてさっき何にも言わなかったの、そういうなぐったのは、二十分位のように思うと
なぐりきりではなかったですけれども、話したりして、なぐって、だいぶ痛いわね、相手にすれば
……………
そうでしょう
……………
そんなふうで、冗談とか、話合いということはありますか
…………… 」
とする供述記載と総合すると、本件入墨行為が被告人の被害者に対する憤激の情の赴くままに、私刑的行為としてなされたもので、被害者が入墨を希望したことはおろか、同意(承諾)もなかった事情が覗いとれる。そして、わが国においては入墨は無頼の徒、きわめて少数の好事家を除いて、通常、人の嫌悪するところであり、しかもそのなされた部位が女性の内股あるいは恥部であること等諸般の事情を総合すると、本件入墨行為に被害者の同意(承諾)があったものとは、到底認められない。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎昇)